第4回合同ウォーキング

第68回東京44ウォーキング(2013年第6回)

第13回山梨ウォーキング(2013年第5回)

日時:2013年6月22日(土)
場所:富士山御中道
参加者(敬称略、順不同)16名:
   野田進、藤江賢治、磯貝達男、芳賀直行、芳賀夫人、
   上泉義朗、峯川文江、杉本恭子、保坂剛、飯野俊雄、
   古屋寿隆、塚田栄雄、古屋美代、望月恵子、浜辺きみ子、
   山本仁一

6月22日(土)午前9時富士急・河口湖駅で山梨・東京組が合流
富士スバルライン4.8合目(奥庭駐車場下車)から10時登山開始
4箇所ぐらいの沢(一部ガレ場)を横切り大沢休箔所で昼食
大沢崩れはさすがに怖い(昭和52年の転落事故以来通行閉鎖)
帰りは好天に恵まれ、富士山のほぼ頂上近くまで確認できた
下界は、本栖湖、精進湖、河口湖大橋までも肉眼ではっきり見えた
帰りの車中(笛吹市石和)で富士山世界文化遺産登録決定のニュースが飛び込んで来た

山本仁一

※写真はこちらこちらにもあります。塚田HP

※写真はこちらにもあります。Photo by Y.Kamiizumi

内容

1.ウォーキングの部

  河口湖駅に午前9時前後に集合。山梨、東京合わせて16名が集まった。まずは天気の話し。きのう夜遅くまで雨だった。しかし予報どおり、およびPOWER44により今朝はきれいな青空のいい天気。絶好のハイキング日和となった。
 東京組は、中央線と富士急行線を乗り継いで行った。富士急行線のローカル性はなかなかであった。途中、富士山の絶景ポイントでは駅でもないのに停車した。社内で買った切符は昔ながらのパンチ穴で行き先、料金等を示すもの。骨董品的な一品である。改札では渡さずに記念にいただいた。

 山梨組の車3台に分乗してスバルライン経由で奥庭駐車場へ。5合目まであと2.5Kmほどの位置である。トイレ、記念写真、準備運動をして午前10時出発。御中道めぐりの入口に入った。今回のリーダーは登山家の古屋(寿)君。さっそくの案内はショートカットの道なき道へ。これはさすが正解で、ふわふわしたじゅうたんのような地面。その後石畳の道に出て約20分の登りで御庭着、小休止。南アルプスが少し雲に隠れながらも美しく見えた。そこから大沢崩れ方面の標識を見ながら山道に入った。適度なアップダウン、雪崩れでなぎ倒された木々。途中4つの沢を横断。滑沢、仏石流し、一番沢、二番沢。それぞれの沢はガレ場で、落石の危険が常にあるとのこと。あまり大きい声を出すな、できるだけ速く通過しなさい、とリーダーからの指示。リーダーは走っていた。順に険しさが増し、鎖場もあった。足場がほとんど取れない細い箇所もあった。これはいつものウォーキングとは違う。リーダーの指示に従い進む。大沢崩れの手前にある大沢休泊所が本日の半分のゴール。片道3.4Km。午前11時50分着。荷物を置いて、約100m下って大沢崩れの見学に行った。危険地帯で大きな石がごろごろという感じ。その後昼食休憩。山梨組のスタッフ?がガスコンロ計3台持参。事前の案内で水とカップラーメンを買っていった。標高2,317m地点でのお湯でラーメンはふしぎとおいしい。熱いコーヒーまで準備をしていただき、ありがたい限りだった。チョコレート、飴、氷砂糖等の差し入れもあり、お腹いっぱい。午後1時05分帰途へ出発。はじめはかなりきつい登りでかなり息が切れた。持参した水、ラーメン、おにぎり等を食べ、荷物が軽くなったと喜んでいたが、その分お腹に移動しただけで重さは変わりなかったことに気がついた。昼食後の、歩き始め15分はきついとのリーダーの話しを信じて耐えて進む。確かに15分過ぎごろからだんだんと楽になってきた。まったく同じ道を帰り再び危険な沢も乗り越えて御庭に午後2時40分着。霧も晴れて再び美しい青空。富士山の頂上、南アルプス、本栖湖、河口湖もきれいに見えた。記念写真を撮って、休憩後、ゴールの奥庭駐車場へ。午後3時10分着で本日の行程は終了。往復6.8Kmの山歩き、変化があり楽しいものでした。
 ここで富士山御中道と大沢崩れ関連の情報について少しだけ。
"「御中道」とは、富士山中腹の標高2,300m~2,800mを通って一周する約25Kmの小径です。富士講の信者が巡拝し、富士山に3回以上登頂経験のある者にのみ許された最上級の修練の道だと伝えられています。いつ頃つくられたか明らかでありませんが、19世紀初めに「中道廻りの行者、一年に百人は下らず」(隔掻録)とあります。御中道の中でも、大沢の越場は最大の難所とされ、当初は標高2,800m付近の「一ノ越」を渡っていました。大沢崩れの崩壊が拡大して明治初期には「二ノ越」に変更され、その後も崩壊は進み、昭和初期には「三ノ越」が設けられました。昭和52年に転落事故が発生し閉鎖になり、現在に至っています。昭和51年5月、作家幸田文は偶然見た安倍川源流の大谷崩れで偉大な自然の営力に深い感慨を覚え、全国の大崩壊地を巡りました。同年7月、幸田文は富士山の大沢崩れを訪れ、随筆「崩れ」を執筆しました。"
 これは、大沢休泊所の看板に記載されていた文章です。今回は、その御中道の中の奥庭から大沢手前まで片道3.4Kmを歩いたことになります。御中道の約1/8です。
 帰りは、奥庭から車で五合目駐車場へ行った。本日は、富士山が世界文化遺産に正式に登録が決まる日であり、テレビ中継のカメラも来ていた。すでに店の前には「祝富士山世界文化遺産万歳」という看板も出ていた。YBSラジオでは、昼ごろから現地プノンペンに派遣している記者からの実況中継をしていた。午後4時半過ぎには決まるだろうとの情報だったが、その前に5合目を後にした。河口湖駅まで車で送っていただき、午後4時45分、山梨組とのお別れで本日のウォーキングの部は終了。

2.グルメの部

 今回のグルメの部は、山梨組と河口湖駅で分かれて、東京組7名での車内の飲み会。富士急行線車内で冷酒(笹一酒造)を2本、大月駅でビール、つまみを買い、中央線各駅停車の旅でにぎやかに乾杯。大月駅に着いた時、富士山が世界文化遺産に正式に登録が決まったことを聞いた。記念すべき日に富士山御中道めぐりができたことをうれしく思った。八王子までの約50分間いつものように盛り上がり、あっという間に終了。

感想

 16名のおじさん、おばさん(おねえさんまたは山ガール)がまたもやいい歩きをした。いつになく険しいウォーキングで、山梨のご協力がなければできないものでした。特に今回の山歩きリーダーの古屋(寿)君や細かいアレンジ等をしていただいた山本君、自称スタッフでコーヒーまで準備をいただいた古屋(美)さん他山梨の皆さんに感謝します。
 きょうは前日まで台風から温帯低気圧の影響で、雨が降っていたのに朝からいい天気、富士山が世界文化遺産に登録が決まった日、さらに古屋(美)さんの誕生日といいことづくめのラッキーな一日でした。これもPOWER44のおかげかもしれません。
 今回の御中道めぐりであらためて富士山の美しさと自然の厳しさを知りました。冬の雪の深さが想像できるような、雪崩れによりなぎ倒された木々、落石の危険がある箇所をまのあたりにしました。美しい自然、緑の木々、高山の花もたくさん見ました。富士山が世界文化遺産に登録されることはうれしいことですが、これ以上入山者が増えると自然が荒らされます。ごみとトイレ問題が深刻になります。今は、環境配慮型トイレ(バイオトイレ)が設置されていわゆる垂れ流しはなくなりましたが、これ以上入山者が増えると別の問題も発生すると予想できます。現在の山小屋の収容能力は年間18万人ほどとのことで、今、年間20万人から30万人の入山者で、すでに限界を超えています。そのため宿泊せずに登る、いわゆる弾丸登山者が増えているとのことです。今年から入山料を徴収することになったようですがそれだけでは入山者数の制限はできないと思います。最近、混雑するイベントでは予約制または抽選をするケースが多いです。東京スカイツリー、三鷹の森ジブリ美術館、藤子・F・不二雄ミュージアムはすべて事前予約制です。最近人気のマラソン大会もすべて事前申し込みまたは抽選です。富士山も入山希望者を事前予約制にして、入山者数を制限することを提案したいと思います。
 楽しい山歩きのアレンジありがとうございました。これからも山梨、東京合同ウォーキングをたくさんしましょう。 上泉義朗

河口湖大橋からの富士山(8時22分頃)

駐車場で全員集合

準備体操

登攀は最初の石段から

御庭から丁度霧が晴れた山頂をバックに

仏石流しのガレ場を通過

手伝ってもらいながらガレ場を横切る

大沢休泊所で昼食後

古屋インストラクターが足場を指示

ガレ場を横断

御庭より富士山を眺める 晴れて良かった!

五合目より河口湖大橋を望む

五合目より本栖湖と精進湖が眺められた

富士山頂に手を合わせる

古屋美代さん誕生日おめでとう!

五合目休憩所(1)

五合目休憩所(2)

五合目休憩所(3) 世界文化遺産登録決定2時間前

Photo by J.Yamamoto

往きの富士急線の各駅停車では、富士山の絶景ポイントで徐行

大沢休泊所から見えた『三保の松原(一部)と清水港』

富士急線の特急

今回は効率の良い「グルメの部」でした。

Photo by N.Haga